カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の89件の記事

2008年4月26日 (土曜日)

期待が大きすぎると後で失望するだけだ

配属先が決まって2週間が経過。

歓迎会も続々と開催され、他の部署の方たちとも仲良くやり始めようか、と言う時期にさしかかってきています。

とはいえ、仕事はまだ「アルバイト」レベル。

会社的な「仕事」とは程遠いのですが、この「アルバイト」が、本来すべき「仕事」とどのように精通しているか、なぜこの仕事をするのか、ということを考え、理解しながら作業を進めていれば必ず今後に生かされる・・・はずです。

「住めば都」という言葉があるように、今いる部署の仕事のペースが当たり前だと思っています。

ただ、歓迎会などで他の部署の先輩方に話を聞くと「あぁ・・・キミは○○の部署か。休みがないし大変だけど頑張ってね」「ぶっちゃけ、新卒でこの部署に入るとは思わなかったよ。驚きの人事だけど、期待されてる証拠だから、この仕事を今後に生かしていければ一気にトップにいけるよ」という言葉をもらうことが多いです。

配属される部署は、人手が足りない、または業績が伸びていてもっと人員が欲しい、というところに配属される、と言うのは理にかなったものです。

ただしかし、「新卒には難しい」部署に配属された、と言うのは自分にとっても驚きです。

確かに、係長にも「期待してるから」といわれることが多いです。

でも考えてみると、先輩や上司の言う「期待」の根拠は何なのか。

面接か、それとも決意表明の文章か。

どちらにせよ、仕事とはまるで関係のない部分でそれを判断されているのは間違いがない。

なぜなら、仕事をしたことがないから。

言っちゃアレですが、期待されるのは構わないんですが、過度の期待をされても後々失望を誘発するだけだと思うのです。

オシム監督も言ってたことですけど「期待が大きすぎるとあとで失望するだけ」ということだけではなく、大きな代償も払うことになると思います。

でも、とにかく僕はこの部署で頑張るしかないので終電がすぎても土曜日曜になっても3連休があっても仕事をしていかなくてはいけない。

上司の期待にこたえるために仕事をするのではなく、これは全部自分のためです。

僕は上司への期待にこたえるだけの筋合いはまったくないし、期待にこたえられる根拠にも欠ける。

だから自分で学んで自分で成長していくしかないと思います。

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2008年4月19日 (土曜日)

風邪引いた

17日は会社で新入社員の歓迎会がありました。

19時くらいから飲み始めて23時くらいまでw

学生時代みたいなバカ飲みを促すということはさすがになかったんですが、お酒の弱い自分が勝手に飲んでしまって勝手に潰れるという最悪のパターン。

でも、こんな少量でこんな潰れることってあまりなかった。

月曜日に配属発表で緊張しながらも各部署にあいさつ回り

火曜日以降は実際に業務に入って、もちろん初めてのことばかりで緊張と疲労の連続だったんだと思います。

そこで苦手なお酒が入ったと。

22時以降は完全に死亡モード。

寒い寒い言ってた覚えがあるんですが、たぶんそこで風邪引いてしまったのかと。

終わって電車に乗った後は遺体同然。

普通だったら酔いも醒めている頃なのに、まだ気持ち悪い。

こりゃ二日酔い確定だなと思って気持ち悪いまま風呂に入り消灯。

翌日、18日の朝。

まだ気持ち悪い。

やっぱり二日酔いだ。

深夜2時に寝て、4時に目が覚め、5時に目が覚め、5時45分で完全に起きました。

何も食べる気が起きず、そのまま会社へ。

電車の中で揺れるので激しく気分が悪くなる。

駅に到着し、最寄のコンビニでウコンの力を買うも、まったく症状はよくなる気配はなく、そのまま朝の朝礼へ。

飲みの席で僕がどれだけ酷く酔っていたかを知っている先輩から「おっ、ちゃんと起きてんじゃんwww」と煽られるも、冗談で返す気力もなく。

朝11時頃だったか、この感じは二日酔いじゃないと気づきました。

完全に風邪だと。

気だるいし、額は熱い。

12時30分からの1時間休憩では自分のデスクで完全に死んでいました。

もちろん昼食も摂れず。まぁその日は結果的に夕食も食べられなかったんですが・・・。

昼が開けた13:30からは気力で業務をこなしていました。

重要なミスがあったんですが、それにも気づかなかったという。

まぁ他の人が気づいてくれてよかったよかった。

そしてやっと上がりの時間。執務日誌を書き終わり、外に出るともの凄い悪寒が。

外気の寒さだけじゃなく、悪寒。

電車では記憶がなくなるほどでした。

ほんときつかった

家に着くとすぐ風呂に入って就寝。

20時くらいに寝て今日の8時くらいに起きました。

まだ頭は痛いけど、かなり楽になりました。

月曜日の会社はともかく、明日大丈夫かなぁ

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2008年4月15日 (火曜日)

配属発表キタコレ

埼玉勤務になりました。

東京に配属になると思ってたのに><

でもいいや。

これをステップアップの土台にして来年か再来年には必ず本社に行きます。

ひとまず、今日は初仕事の日。

とは言ってももちろん超単純な「作業」ばかり。

でも時間はとても早くすぎましたね。

やっぱ座学で研修受けてるよりも100倍いい。

希望の部署じゃないけど、一生懸命仕事に取り組もうと思う。

配属された部署は残業がとても多くて終電で帰る日もザラじゃないらしく、土日出勤もありえるとか。

よく考えてみれば、残業もなくゆっくりとした部署っていうのは人数も足りて手仕事にあり程度の余裕がある部署。

逆に残業が多くて毎日てんやわんやしている部署っていうのは仕事量に対して人数が間に合っていない部署。

そこに配属されるのは当然かなと。

さらに残業があっても土曜に出勤しても、ここでたくさん勉強できるし、残業手当も土曜出勤手当ても出ると思えば全然耐えられる。

希望通りの配属にならなかったのは何らかの理由があるからで、人事の人に認めてもらえるまではここの会社は辞めないつもりです。

とりあえずは、新入社員の一年目として謙虚な姿勢と学ぶ姿勢を忘れずに頑張りたい。

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2008年4月 3日 (木曜日)

新入社員になりました

ここ3日間ずっと研修

あと10日は続きます

座学ばっかりで退屈すぎる

なんか発狂しそうです

現場に行ったらストレス社会と闘いつつ、キツい仕事や人間関係と直面することは目に見えてますけど、とりあえず今はじっと座ってることが耐えられない

でも1年目から夏のボーナスもらえて残業代も土日休みも夏休みも年末年始の休みもある

とりあえず最悪の事態はさけられそうかなという気がしてきました

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2008年2月27日 (水曜日)

予想外

予想外の出来事と言うのは生きていて必ずどこかで直面するものです。

アルバイトみたいな小さな世界においてもそれは同じ。

与えられえた仕事ではなく、自分の店舗以外の仕事も任されることがある。

「契約違反だ」と文句垂れるのは簡単だけど、想定外の出来事には対応できません、と自ら無能をアピールしているようなものです。

できなくてもいいし、遅くてもいいから、とにかく興味を持ってやってみることが大事ですね。

なにか新しいこと、予想外の出来事に直面したとき、なにが一番重要かというと、それは「ゴールを見ること」だと思います。

ゴールが見えなければ、今自分が何をすべきかわからずに行動していることになる。

これでは作業効率が下がってしまう。

もっとも、ゴールするためでなく、ゴールを奪われないサッカーというのも、現代においては効率のよいサッカーではありますが・・・。

とはいえ、シュートを打たずにパスをまわすことを目的としているようではダメだということです。

段階的な成長を目論んでいるならそれもアリだとは思いますけど、結局行き着くところは「ゴール」です。

こんな面白いテストに当たったことがあります。

問題数は20問。

簡単な割り算や掛け算、時事ニュースなどです。

テスト開始から1分。

立ち上がってテストを提出する人がいました。

もう諦めたのか?

いや、違います。

その人は確実に問題を解き終わっていました。

僕が1枚目の問題が終わり2枚目を開くと、ちらっと確認した問20、つまり最終問題には

「問20 このテストは問1、3、4、5、7だけを解けばよい」

とありました。

つまり、1枚目からバカみたいに問題を解かなくてよかった、ということです。

受験のとき「問題文をよく読み、始まった直後は問題を読んでから始めること」

という忠告を予備校の先生がしていましたが、こんなところで役に立つとは・・・。

つまり、この問題は先にゴールを見て全体の流れを把握しなければいけないんですね。

開始一分で立ち上がった人は、それができていたということです。

「木」ばかりを見ていると作業効率が下がってしまうし、時間的コストもかかってしまう。

逆に、最初に「森」全体を見ればどの「木」から作業に取り掛かればいいのかわかるわけです。

今から意識してゴールを見ながら、というのは難しいですが、旅であったり、スポーツでも受験でも、常にゴールを意識するという感覚は常に持ち合わせていたほうがいいし、必要な感性なんだなと思います。

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2008年2月14日 (木曜日)

就職間近

もうすぐ就職で社会人になってしまう。

こないだまではそれが嫌で嫌で仕方なかったんですけど、最近は踏ん切りがついたというか。

みんなが通る道だしまぁしょうがないやと。

ただ、、、

せめて土日くらいは休ませてください

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2008年1月30日 (水曜日)

人はいなくなって、その存在価値が高くなる

皮肉にも。

仲良かった人とか、身近にいた人が急にいなくなると妙な虚無感があります。
「心の中にいるんだよ」とか、一ヶ月生魚を放置するよりも放つコテコテの臭いセリフがありますけど、100歩譲って心の中にいたとしても、その人は機能的に何も成しえてはくれないんですね。
それが溜まりに溜まって、あるときに虚無感を感じてしまうんでしょう。

逆にサッカー部の引退試合とか、高校3年生の卒業式とか。
その虚無感は失った直後にやってきます。
たぶん、それは期間、つまり終わりが最初から決まっているから。
ただ、徐々にその虚無感は時間と共に薄れてきます。

一方で長期間、あるいはこれからも親密な関係を続けたいと思っている人が急にいなくなると、時間が経てば経つほどその虚無感は次第に大きくなっていきます。

例えるならば、阿部がレッズに行っちゃっても下村がきてくれたから大丈夫だろう、という安易な妄想はシーズンが始まると仇となり、阿部の存在価値の大きさを再確認しました。
実際、阿部ちゃんはゴール前まで攻め上がって二桁得点していましたし、守備ではポンテやフェルナンジーニョ、中村直志なんかを抑えてましたからね。
下村もよく頑張ったことは確かですが、かえって阿部の存在価値の高さがわかってしまったという皮肉な結果に。
今年は期待してます。


一番幸せなのは、失ったものの大きさに気づいていない人。
たぶん気づいていない人は、その人とその程度の関係だったという証明にもなりえます。

誰かが亡くなる。
すると、よくテレビやブログなどで「○○さんのご冥福をお祈りします」なんてコメントを見聞きします。
会ったことはおろか、亡くなってからその人の存在に気づいた人がよくこういうコメントできるなって思います。
ご冥福を祈るな、という話ではなくて、そういう人に上辺だけの言葉をかけるくらいなら、もっと身近にいる人に優しくするほうが人間として正しい判断だと僕は思います。

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2008年1月17日 (木曜日)

懐かしい人

小学生のとき、少年サッカークラブに入団していました。

そのチームは当時浦安市内に住んでいた小学生中心に結成されていて、毎週火曜日と木曜日に夕方5時くらいから約1時間30分の練習をこなしていました。

そんなチームの監督をやっていた人の名前(別人)をヒョンナことから見て、そのサッカークラブのことを思い出しました。

今は10年前よりも発達した時代になり、グーグルという検索サイトで一発で出てきます。

懐かしい。

92年まで鹿島アントラーズのDFとしてプレーってあるから、100%本物である。

当時はそこまで思うことは少なかったけど、ジーコをはじめ、トップレベルの選手とプレーしたことだけでなく、プロになること自体大した実力です。

確かに実際プレーを見ると全然ボール取れなかったし、フェイントをかけても引っかからないし、巧くいかないなぁと思っていただけ、っていうのが幸せなのか不幸なのかはわかりませんが。

今思うと、もっと学べることはあったし、学んだなぁ、と今になって思うことがあります。

小学5年のとき、鹿島まで遠征に行きました。

もちろん、目的は鹿島アントラーズのJrユースと対戦するため。

週に2回の練習だけでなく、同じ学校のチームメイトとは、空いてる時間を見つけて校庭でサッカーをして遊んでいた僕たちは、なんとかやれるだろう、という気持ちが少なからずともありました。

バスで移動し、ホテルに到着、少しボールに触れるといよいよ待ちに待った鹿島Jrユースとの試合です。

僕は4-4-2の左攻撃的MFに入りました。

試合開始30秒。

いきなり僕の左サイドを破られ、クロス、そして中央で競り負け、ヘディングシュートで失点。

いきなり度肝を抜かれたのを覚えています。

小学生でこんな速くて、正確なドリブル、そして質の高いクロスを上げれるものかと。

僕たちも反撃に出ますが、守備的MFに入っていた、ウチのチームで最も技術的に優れている選手が何もできない状態。僕も左サイドで何度か突破しましたが、シュートはすべてコースをふさがれ、キーパーにはじかれます。

結局、何もできないまま試合終了。

0-7の大敗でした。

翌年、再び鹿島Jrユースと対戦する機会が訪れました。

恐らく、あの試合から普通に過ごしていたらこの対戦はなかったでしょう。

なぜなら、僕たちが強く再戦を懇願したからです。

あの試合から変わった気がします。

練習ひとつにしても100%を出す。

ダッシュ1つでも全力。

パス一本も正確に。

こういう意識改革がありました。

今思うと、監督は0-7で敗れることは予想済みだったのかもしれません。

いや、0-7は出来すぎだった、とも思ってるかも。

とにかく、二桁で負けようが今の実力を把握し、刺激を受け、そして練習態度からの意識改革を期待していたのでしょう。そしてそれに巧く乗せられた、まだ素直な僕たち。

再戦の直前、当然のごとく今日も中盤の左サイドとして出場するだろうと踏んでいた僕に監督が声をかけてきました。

「お前、今日は相手の9番にマンマークでつけ。絶対前を向かせるなよ。ボールがどこにあろうと、あの9番から目を離すな」

センターバックはやったことがある。

でも、まだ数回で経験が浅い僕は、その監督の指示に忠実に従うしかありませんでした。

今思うと、これも監督に乗せられた形になっていたのかもしれません。

前回の対戦では、ポジションを決める以外に監督らしい具体的な指示は出さなかった気がします。

それが、今回は違う。

ここからも、今回は絶対に勝ってやろうという監督の気合が伝わってきました。

試合が始まりました。

前回の対戦で4、5点を叩き込まれた9番の選手にマンマークにつきます。

さすがに動き出しの速さ、懐の深さ、そして何よりボールキープをする身体の使い方が半端なく巧い。

背中を向かれてキープされると、どうしてもボールを奪えない。

ただ、今回は開始30秒でやられることはありませんでした。

9番が背中を向けてボールをキープしているときも、見方の選手はほぼ相手にマンマークでつき、パスコースを塞いでいました。

そしてとにかく気をつけたのが、立ち上がり。

この部分だけしっかりと意識をして臨んでいたため、その責任感は11人全員に浸透していたと思います。

試合が落ち着いた頃、ゴールネットが揺れます。

得点を取ったのはなんと自分たち。

鹿島の9番が右サイドで前を向いて勝負してきました。

スピードだけは殺そうと思いながらも、相手がいよいよ仕掛けてきてきます。

左にフェイントをかけ、右に抜け出ようとしたとき後方から見方が援護がきたのが見えました。

前から僕が、そして後ろから味方が挟み込むような形でボールを奪取。

そして速攻。

前回の対戦で7-0というスコアだけあり、前がかりに来ている鹿島Jrユースの背後を突きました。

俊足のエースが個人技で1人かわし、得点しました。

現代風に言う「ボールを奪ったら手数をかけずにゴールまで」という流れるような得点シーンだったのを覚えています。

試合中「まさかこのまま1-0で逃げ切れるのでは」と思った瞬間、相手の猛攻が始まります。

前回7点差をつけて勝ったチーム相手に、今度は0-1で負けるなんてプライドが許すはずがありません。

はっきり言って、1-0になった瞬間から相手の猛攻を受けたことは覚えていますが、具体的に自分がどういうプレーをしたのか覚えていません。

ある記憶が、1-0で勝利した、と言う事実のみ。

0-7で負けたチーム相手に、再戦で1-0で勝った、というのは大きな自身になりました。

今思うと、この監督は

ボロ負け→意識改革→再戦→勝利→自身→中学入学

という流れを見事に作り上げていたんだなぁと思いました。

残念ながらサッカーは中学で辞めてしまいましたが、あの鹿島遠征と、僕たちの監督は10年経っても未だに鮮明に覚えています。

その監督は自分のことを覚えているのだろうか。

今度、連絡先がわかったら鹿島遠征の話をして、その真偽を知りたいですね。

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2007年12月15日 (土曜日)

起きるとき不安

最近起きるときに必ず時計を見てしまいます。

この頃バイト入れていることが多いので、特に朝9時とか10時くらいの時間からスタートする日は、神経質になってしまう。

今日は久々に学校もバイトもサッカーもない日で、のんびり過ごせた休日になりました。

起きたのが昼の13時前。

かなり遅いです。

にもかかわらず(そうであるから、とも言えるかも)「もしかして今日バイト入ってるかも」という恐怖心に襲われ、思わずスケジュールを確認してしまう始末。

こんな調子なら早く起きたほうがストレスも溜まらないで済むのになぁと思うんですが、いかんせんバイト入れすぎました。

年末は4連勤、5連勤が続いています。

まぁ稼ぎ時なんですけど、さすがに年が明けたら有給を消化しつつ、徐々に少なくしていこうと思っています。

2月3月は色々出かけたいところもあるので。

とりあえず、最近の朝は起きてから焦ってしまうのが日課になっていて心身ともに不安定。寝る前にスケジュール確認しても性格柄なのかわからないんですけど、不安になってしまう。

こんなバイトのために神経使いたくないですね(笑)

仕事が始まったらもっと神経使うんでしょうけどorz

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2007年12月12日 (水曜日)

鳩、豆鉄砲を食う

前回のエントリーでも書きましたが、今日も無駄な時間を自分の資金に変えるため、アルバイトに励みました。

時間はお昼の12時~夜の23時まで。

長丁場です。

しかし、起きた時間が12時22分

余裕で仕事始まってます。

ベッドから時計をチラっと見たとき、「12:22」を目撃したときの気持ちと言ったらもう。

まさに鳩が豆鉄砲を食ったかのような。

しかも不運なことに、その日その時間には、すべてのキャストさんから恐れられている主婦が入っています。

まぁ良く言うと「仕事に厳しい人」です。

この時点でその主婦の人にどういう言い訳をしようか、と反射的に考えてしまう自分が情けない。

とはいえ猛ダッシュで着替え、猛ダッシュしてバイト先へ。

12:22分に起きて12:30に仕事に入れる近さはいいんですが、やっぱりこっ酷くしかられる始末(笑)

今回ばかりは素直に謝るしかないですね。

ランチタイムのピーク時ですから

でもそんな状況なのに、ダッシュしてバイトに向かう途中で尿意を抑えきれず某アウトレットで済ましてしまったという(笑)

今度からは余裕を持って、早めに寝ることを心がけたいと思います。

こんなんじゃ会社行ったらかなりヤバそう・・・

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2007年12月10日 (月曜日)

すべては一瞬のために

最近バイト三昧です

卒論も就職先も決まって永眠の日々が続くかと思ったんですけど、今度は時間が余りすぎてやりたいことをやるチャンス

でも何かができるだけのお金がないんです

だからバイトばかりしている状態。

今度、また旅行に行こうと計画しています

服にもかなりお金を使ってしまったし、バイトをやっている割にはカツカツの生活・・・

まぁでも家でゴロゴロして暇を消化するよりは、なにか動機を見つけて、そのためにお金を稼ぐほうが健康的でいいかなって思います。

ってことで今日もバイト三昧

いい加減もう辞めたい('A`)

けど辞められない('A`)

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2007年10月25日 (木曜日)

謝れ謝れってうるさいけど

最近のボクシングの話題といえば亀田選手の謝罪を求めるものばかり。

もううんざりですね。

本当に謝罪しなければいけないのはTBSなのに。

サッカーだって、対岸の火事として笑っていられるような状況じゃありません。テレビ朝日がこのように、誰かを貶める状況を作っているのかもしれません。

日本のメディアは誰かを持ち上げて持ち上げて、最後に一気に叩き落し、そしてその後の責任はまったく取らない、というのは当たり前になりつつあります。

それについて警笛を鳴らしているジャーナリストや科学者は数多くいますが、亀田選手の状況が最悪だと想定したとしても、また同じようなメディアの「自作自演」が行われるに違いないです。今度もまたTBSか、サッカーのテレ朝か、野球のダルビッシュかわかりませんが…。

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2007年10月15日 (月曜日)

TBS、亀田戦の雪辱をヲタク叩きで憂さ晴らし

TBS「アッコにおまかせ」の初音ミク特集に批判相次ぐ

初音ミクっていうのは初めて耳にしましたね。

それにしても、読んでいただければわかる通り、メディアを通じてのヲタク虐めっていうのは最近目に余りますね。

テレビを初めとしたメディアの影響力はとてつもなく大きい、というのは自民党が惨敗した参議院選挙で明らかになったことです。

最後に、ナレーションがこのユーザーに対し「普段は何を」と質問。ユーザーが「コンビニでアルバイトを」と返答すると「ふーん、ご立派ですねえ」とナレーションが返して特集ビデオは終了した。

このシーンにしてみても、聞いている相手がヲタクではなかったら、恐らくこんな質問はしていなかったはずです。

ここ10年間、世間ではいじめの問題が大きくなってきています。

いじめっていうのは不特定多数の人間が、特定の人間を理不尽な圧力によって貶めることです。

この、約200秒のTBSが放送したシーンっていうのは、そのいじめ問題の縮図と言ってもいいのではないでしょうか。

メディア(=不特定“大”多数)がヲタク(=特定の小集団)を叩いている状況ですからね。

「学校へ行こう!」では感動的な血と汗と涙と甘酸っぱい青春を演出していますが、その放送局がヲタクを面白おかしく叩くとは、何とも皮肉なことに「学校」でよく見る光景になってしまっていますね。

とりあえず一般人から理解されていない、距離があるヲタクを叩いていれば問題はないだろう、という安易なTBSの判断が完全に裏目に出たようで、各ブログや掲示板で返り討ちにあっているそうです。

ヲタクと呼ばれる人たちは、僕の持っていない特異な能力を持っていて、やりたいことをとことん追求する姿勢があります。その点においては十分すぎるほど尊敬に値します。

その一生懸命さを面白おかしく取り上げ、みんなの笑いものにしようと情報操作するっていうのは、昔からあったことですが、もうそろそろいい加減やめにしたらどうでしょうか。

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2007年10月13日 (土曜日)

牛丼といえば

こないだ、中途半端な時間に学校が終わったにもかかわらず、小腹が空いていたのでとすき家に行きました。

最近は、以前に比べて食欲がとても旺盛になりました。バイト先で賄いを食べるんですが、全部食べれないことや、全部食べれてもそのあとずっと気持ち悪い思いをしたことが多々あったんですが、今はそれだけじゃ足りないな、と思うくらい。なぜかはわからないんですけど。

そこですき家のねぎたま牛丼を食べて思ったんですが、やっぱり牛丼は吉野家だな、と。

吉野家はゴハンが美味しい。

松屋やすき家と違うのはゴハンですね。

当然、松屋よりも吉野家、誰がなんと言おうと吉野家です。

まぁ食欲が満たせればよかったので、味についてはあまり追求はしていなかったんですが、そのときの状況を受けて、あることを肌身で感じました。

『AERA』という雑誌を見ていたら、某巨大牛丼チェーン店の中が描かれている風刺画を見ました。

それを見て思った感想が「単なる栄養補給の場」としてのそれでした。

店員はガソリンスタンドで使う、油を注ぐホースを持ち、無表情で客の前に立っています。

確かに、その状況は無機的であり、非人格的で、彩りはなく殺伐とした雰囲気があります。まさにそれは「食」の楽しみを現代人から奪っている印象があります。

戦後間もない頃は食べるものがなかったそうです。

だからみんな生きるために食べていました。

でも今は違います。

グルメのテレビ番組、雑誌、インターネットでのメディア媒体が増え、食べるために生きる、といっても過言ではない状況です。まさに戦後のそれとは価値観が逆転しています。それだけ、日本の経済が発展し、近代化したということでしょう。

ただその一方で、牛丼屋のような、単なる「栄養補給場」の需要も高まっているのはなぜでしょうか。

多木浩二さんの『都市の政治学』を見ていると、現代においてシステム化し、機械化したのは政治や経済だけでなく、都市においても機械化は進んでいるそうです。

機械化するとはどういうことかというと、時間、金銭的コストの無駄をなるべく削ぎ落とし、合理化を図るということです。

では、牛丼屋はどうか。

「安い(=金銭的コストの削減)、早い(時間的コストの削減)、美味い」というあまりにも有名になった標語は、まさにその機械化、システム化が引き起こす合理化された状況とマッチします。

その牛丼屋が都市に氾濫しているということは、都市においてもシステム化され、機械化されている、という多木浩二さんの主張は納得がいきます。

確かに気軽に食べられ、いつでも入れて、それでいて安くてそこそこ美味しいっていうのは現代人が求めているものかもしれません。コンビニエンスストアや携帯電話機能の多岐化を観てみても、日常において便利なもの(=合理化されたもの)を求める現代社会では、有機的な人間関係を築くよりも、無機的でシステマチックなつながりのほうが重要なのかもしれませんね。

個人的には後者の社会のほうが住みやすくて好きなので、特に文句はないんですが。

1960年代にあったユートピア志向っていうものが何なのか想像もつかないので、現代の環境が、自然とそういうシステマチックな考えにさせているのかもしれないんですけど。

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2007年10月 4日 (木曜日)

人間が死ぬことと同じくらい、避けられないこと

人生は美しい! 

生きることは素晴らしい! 

君はいつも病気のことばかり考えて、暗く、うつむいている。

それじゃあ、いけない。

人間には「死ぬ」ことと同じくらい、避けられないことがあるんだ。

それは「生きる」ことだよ!

チャールズ・チャップリン『ライムライト』

人間の有限性、それは死です。

人間は死ぬことから避けられない。

会社や学校、部活、もしくはアルバイト先などでよく「現実を見ろ」というセリフを耳にします。人間が生きていくうえで収斂していくその先にあるのは死。軽々しく「現実を見ろ」という人に、それが人間の絶対的な「現実」だということを理解しているのか、していないのかはわかりませんが。

でも、チャップリンのこの言葉を聞くと、なぜか死という問題を考えることから逃れるのではなく、死を逆手に取れば、ずいぶんと印象が違うことに気づかされます。

「現実を見ろ」と言われても、どうせ死ぬから、ではなく、生きる現実に目を向けようと思える、ポジティブな意味が含蓄されている気がします。

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2007年10月 2日 (火曜日)

大好きなCM

adidasのCM(メッシ編)

このCM、大好きなんです。

メッシは昔、成長ホルモンに異常があり、サッカーが出来ない身体になるかもしれなかったため、その治療費を工面するため、アルゼンチンのクラブチームを渡り歩きましたが、どこも引き取ってくれるところはありませんでした。

でも、ただ一つ、メッシのその才能に気づき、引き取ったクラブがありました。

それがFCバルセロナです。

FCバルセロナは根気よくメッシを育てあげ、治療費など全額を負担。

17歳でプロデビュー、そして最年少ゴールを達成させるまでに成長させました。

その後の活躍ぶりは説明不要ですね。

このCMの和訳(っぽいの)を一応つけておきます

「僕の名前はメッシ、これまでの人生をお話します。

僕が11歳のとき、成長ホルモンに異常があることがわかりました。

でも、小さいからこそ誰よりもすばしっこく動くことができ、

そして地面に吸い付くようなドリブルもできるようになりました。

そしてその瞬間はとても爽快な気分になりました。

今、わかったことがあります。

人生は意外と良い方向に転がることがある、と。」

最後の「人生は意外と良い方向に転がることがある」っていうところが大好きです。

メッシが言うからこそ琴線にふれる何かがあるんでしょうね。

彼のこれまでの人生を思い起こしてみれば、まさか世界トップクラスのチームで、まさにチームの顔として活躍しているなんて誰も予想だにしなかったでしょう。

そう考えてみればimpossible is nothingというadidasのキャッチフレーズとメッシっていうのは大きく関わっています。だからいいんでしょうかね。

NIKEは自己啓発ではないですが、自らを高めよ、みたいな雰囲気があると感じているので、メッシがNIKEに出演するよりはadidasのほうがよりシックリくる気がしますね。

まぁ、何もしないで「良い方向に転がる」だなんて期待しちゃいないんですけど、メッシの存在っていうのは、頑張ればもしかしたら・・・、という希望が沸いてきますね。

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2007年9月30日 (日曜日)

天使と悪魔の声

きょうバイト遅刻しました。

シフトは朝9時~でした。

起きたのが8時55分。

家からバイト先までいくら頑張って走っても5分はかかる。

この時点で絶望的。

でも9時に僕と入れ替わりで上がる人は、人数確保のため自分が入るまで残業するに違いない。

ウチのバイト先は15分刻みでタイムカードを切ることになっています。

9時にシフトINだったら8時45分~8時59分までの15分間に切る。

9時にシフトUPだったら9時~9時14分までの間に切る。

ってことは、9時15分までにバイト先につき、着替えを済ませなければなりません。

なぜかと言うと、それによって9時に上がる人に残業代が発生しますから。

残業代のチェックは非常に厳しいため、誰が何時に上がり、残業してしまった事由を明確にしなければなりません。

となると、僕の寝坊がバレてしまう。

「おまえ、また遅刻か」と言われてしまいます。

だから、9時15分までには気合で入ろうと思って必死に走りました。

そして9時11分に見事にシフトIN

9時上がりの人に残業代は発生しません。

もちろん僕もタイムカードは切っていません。切るとその時点で遅刻したってわかってしまいますから。だから、あとでタイムカードを切り忘れた云々のいいわけを考えればOK。

・・・と思ったんですけどね。正直に店長に話そうかどうか、シフトUPの15時まで最後まで悩みました。ウソはいずれバレるものですから。同じ9時INの人もいて、その人も僕の遅刻はわかってる。だから、誰が何を話すかわからない状況で、自分だけ切り抜けられるなんてそう甘くはない。

けど、15分の遅刻が記録として残ってしまうのはイヤだ・・・

天使と悪魔の声が同時に聞こえてきて葛藤する僕

悩みに悩んで、ついにシフトUPの時間。

帰り際、店長から一言。

「お前、きょう何分遅刻したんだ?」

バレてるし(笑)

なんか、同じ時間に入る人が、9時になっても僕がこないのを不思議に思い、店長に電話をしたらしいです。

「店長!ダックスさんがまだ店に入ってないんですけど!」みたいな感じで。

ああ、そういうことなら心置きなく話しましょう。

15分遅刻しましたよと。

案の定「またか」と言われましたが、ウソをついて、それが後々になってバレるよりはいいかなと思った、秋にしては非常に肌寒い日曜の出来事でした。

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2007年9月28日 (金曜日)

早朝のコーヒー

大学4年の後期の授業、即ち学生生活最後のシーズンが始まりました。


単位は十分すぎるほど取れてはいるんですが、余りにヒマなのもアレなので、適当におもしろそうな授業をピックアップ


ただ、問題は授業開始の時間。

木曜金曜は朝一限からスタートするという、何とも健康的なスケジュールに。

もちろん、大学4年、そして夏休み明けということもあり、生活習慣は崩れに崩れているため、朝6時30分起きというのは、確実に身体に大打撃を与えるはずです。

具体的に、なにに大打撃を受けるかというと、もちろん睡魔との戦いによる時間の浪費です。せっかく授業に出るのに寝るなんてもったいないですからね。

そこで思いついたのがコーヒーです。

僕曰わく、「人間が飲む物ではない」コーヒーによるカフェインによって、睡魔を未然に防ごうというわけです。

木曜日、さっそく朝のコーヒー牛乳(コーヒー3:7牛乳)を飲むと、これは不思議なことに2時間目まで目がパッチリ。
それどころか、夜のアルバイト後でもまだまだイケます。結局深夜26時まで起きるハメに。

そしてきょう、再び6時30分起床。そしてコーヒーを飲む。


しかし…2時間しか寝ていないツケが回ってきたのか、1時間目は半分睡魔との格闘に終始していました。


やっぱりコーヒーとはいえ、睡眠時間の減少には勝てなかったか…

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2007年9月27日 (木曜日)

就職活動の弊害

内定勝者2008 「私たちはこう言った! こう書いた! 合格実例集&セオリー/エントリーシート、履歴書、面接、志望動機、自己PR 」

買ったきっかけ:
パラっと見ただけです

感想:
「参考程度」にもならないです。

履歴書の書き方とか、ESの書き方とか、日本語を知ってる人なら問題ないと思いますけどね。
1,500円も出す価値はありません

おすすめポイント:
「面接でこう言えば内定もらえる」なんて嘘です。こういう本は信じないでください。

相手が何をどう質問したのかを、自分で考えて答えることに意味があると思うので。
仮に面接が「マニュアル化」されたら、それは面接ではなく、単なる確認作業に過ぎない。

面接官は学生が何を考えて、人としてどういう性質を兼ね備えているのかを観ています。
その答えは決して本に書いてあるのではなく、自分の中にあるはずです。それを答えればいいのに「面接ではこう言う」だとか「ESではこう書かなければいけない」なんてルールはないんです。

本当にバカバカしいです

内定勝者2008 「私たちはこう言った! こう書いた! 合格実例集&セオリー/エントリーシート、履歴書、面接、志望動機、自己PR 」

著者:キャリアデザインプロジェクト

内定勝者2008 「私たちはこう言った! こう書いた! 合格実例集&セオリー/エントリーシート、履歴書、面接、志望動機、自己PR 」

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2007年9月26日 (水曜日)

時の流れは速いもので

きょうは9月26日ですね。

ちょうど、ひと月前が8月26日です。その頃は大阪にいました。

あれからもう1ヶ月。

つい昨日のことのような、最近に起こった出来事として記憶されています。


今から一ヶ月後が10月26日です。でも一ヶ月後、「9月26日からもうひと月か」なんて思いもしないでしょう。

やっぱり8月に過ごした密度と、9月・10月に過ごすであろう密度は濃さが違います。

これだけ時間の流れが速く感じるのは過ごした時間の密度が濃かったから。濃かったがゆえ、非常に強い。だからつい最近のことのような感覚になっているんでしょうね。

あんまり濃すぎて泥酔するのも考え物ですけど、生きているとやっぱり濃い時間を多く過ごしたいものですね。

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2007年9月24日 (月曜日)

何気ない行動にも経験は裏付けられている

日本人よ!

買ったきっかけ:
人生において何を考え、いつ、どのように、どんな行動を起こすのか、という道標のヒントをくれた人。10代後半~20代前半の頃にこの人の言葉を聞けたのは幸運

感想:
『日本よ!』ではなく、『日本人よ!』となっているところに注目。もちろん欧州と島国日本との文化的側面での相違はあれど、グローバリゼーションを標榜しているわが国において、それは詭弁にすぎません。

自分はこうしたい、ああしたい、ではなく、周囲の環境から自我が形成されている、ということを考えてみれば、周りの環境にいかに適合していくかが重要。それなしにオリジナリティが出せるなんて、単なるエゴであり、そして大間違いだということに気づかされます。

失敗することは成功のための大きな手がかりです。失敗して、そのあとになって「どのようにしたら成功するだろうか」と考え、実行すること」。これが経験です。

言葉にすれば難しいですが、日常の何気なく行っていることでも経験は不可欠だということに気づかされます。仕事やアルバイトなどを例にとってみるとなおわかりやすい。

歯に衣着せず、な物言いですがオシム監督の本音を聞けます。

おすすめポイント:
サッカー好きな監督ですが、これをサッカーの専門書と捉えずに読むと新鮮味があります。

日本人よ!

著者:イビチャ・オシム

日本人よ!

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2007年9月23日 (日曜日)

追い詰められると人間なんでもできる

今年の夏は人生最後の夏

来年の夏は組織で働くサラリーマンになるので、それも道理。

そういうわけで、今年の夏は人生最後の夏ってことでやり残すことがないよう、毎日遊んでました。

遊ぶというより、ずっと行きたいところがあったので、日本全国を飛び回ってました。

もう、お金のことは関係ないぞとばかりに。

飛行機は便利ですね。

短時間で九州まで行ってくれるので。

福岡、大阪、名古屋、仙台と、各大都市を回っていたんですが、地方によって街並みや人柄が違うので面白かったですね。

遊びに遊んだツケは当然回ってきます。

まず、遊びまくった挙句の風邪。

最近やっと治ってきてよかったんですが。なかなかセキが治らず、一瞬肺炎かなと思うくらい。

そして借金。

人生初です。カード会社に借金をしたのは。

残高が7,800円

それに対してJCBの請求が30,000円。

今月の21日にバイトの給料が入ったので、肩の荷が下りた感じ。

そして9月は8月に使った分を取り返そうと、2日に1回のペースでバイト中。

どこかで何かをしたとき、その代償は必ず払わなければいけないんですね。

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2007年8月12日 (日曜日)

「勉強しない人は、死ねばいい」

三重県名張市の市立美旗小学校(岡田博校長)の女性教諭(43)が、
授業を受け持った学級の児童3人に「勉強しない人は、そこら辺で
死んでも先生は困らない」と発言していたことが6日、分かった。

同校によると、教諭は先月25日、2時間目の授業が始まっても席に
着かず、教室脇のテラスで直前の休み時間中に行っていた花の世話の
後片付けをしていた2年生の男子1人、女子2人を注意。授業を開始し、
児童が謝りに来たところ、教室内で発言したという。

同日夜、児童3人の保護者が学校に伝え、発覚。翌日の校長らの聞き
取りに対し、女性教諭は発言を認め、27日、校長らと児童宅を訪ねて謝罪。
「決して言ってはいけないことを言ってしまった。大変申し訳ない」と話したという。

福井太利教頭は「子どもや保護者に大変申し訳ないことをした。1日も早い
信頼回復に努める」と話している。女性教諭は4月から同校で勤務。
この学級の担任教諭の補助をしていた。

このニュースを見てビックリしました。

いち教師が生徒に対して「死ねばいい」と言ったことに対して、ではありません。

極めて正論を言っている教師が問題視されていることに対してです。

勉強しないだけではなく、クラス内での秩序を乱している生徒、学生はそこらへんで死んでもらっても、本当に構わないと思っています。

僕は大学生にもなって本を読まない学生は死ねばいいんじゃないか、と常々思ってますが、それと似たような感じです。

小中、そして高校の途中まで、ロクに勉強すらしていなかった当の本人がこんなことを言ってもまるで説得力がありませんが、しかし、だからこそ小中高でシッカリと勉強することの意味は大きいな、と感じています。それに気づくのが高校3年では、もはや後の祭りでした。まぁその一年だけ必死に頑張ってそれなりの大学に入ることができましたが、小学校から8年サボったツケは非常に大きかったです。あのときからちゃんと勉強していれば、と予備校に缶詰になっているときに何度も後悔しました。

もちろん、先生としては本当に死ねばいいなんて思ってるはずはありません。一種の見せしめ的な言葉です。それほど、勉強って言うのは大事っていうことです。

この先生にとって不運だったのは、時代が時代だったこと。そして相手が小学生だった、ということ。相手が小学生かどうかは別にしたら、これは正論以外の何者でもないです。

予備校の先生からこんなことを言われました。

「今年頑張ったら来年からは思いっきり遊べるぞ」

こんなことは、単なるモチベーションを下げさせないための虚言です。

大学こそが、本当の勉強勉強の積み重ねです。勉強とは「自主性」が大事だな、とも感じました。専門的なことを突き詰めることが面白いと思ってから、人生で初めて勉強が面白いと感じるようになりました。勉強というよりは、学ぶ、といったほうが適切でしょうか。

オシム監督も「失敗から学べ。自分の失敗だけでなく、相手の失敗からも学べ」「毎日選手から学んでいる。それでもまだ足りない」と言っています。

もう、人生生きていて勉強しなくていい時期なんてないんですね。毎日が勉強です。

それを強制的にさせられれるのが義務教育です。

その勉強を放棄するとき、人生生きている意味がなくなる。

だから勉強しないヤツは死んでもらっても困らない。

この先生の言っていることは、極めて正論です。

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2007年7月30日 (月曜日)

自民自滅 安倍さんは責任取らないの?

今朝の朝刊を見たらでっかく【自民歴史的大敗】とありました。

過半数を大きく下回るのは40年ぶりくらいらしいですね。

安倍さんは選挙の前「小沢さんを選ぶか、私を選ぶかの選挙」と明言していました。その結果としてこの大敗を受けるなら、辞任するのが当然だと思いますけどね。この先いったいどうしたいのかも不明瞭のまま、安倍政権を続ける意味はどこにあるのか。

そもそも、【歴史的大敗】といっても、これは自民の自滅と言っていいですね。

安倍さんが不運だったなと思う面もあるわけで、それが大臣の問題です。柳沢さん、農林水産省の松岡さんや赤木さん(具体性のまるで無い発言には僕も理解しがたい)、そして久間さんなど、問題を起こす身内が多すぎました。さらに年金の問題も絡んで、国民の不信感が大きくなったんでしょう。

ただ、個人的には柳沢さんの発言については、それほど大きな問題でもないと思っています。というか、女性が過剰に反応しすぎて、メディアがそれを追っかけ、国民が捕らえ方を間違えた気がします。「生む機械」っていうのはもののたとえの一種であって、本質を捉えたわけではない。もちろん、その例えにも言っていいことと悪いことがあると思いますが、僕にはなぜあそこまで批判されるのか、まったく理解できませんでしたね。むしろ、過激なフェミニストの人たちの方が、一つの方向に持って行きたいがための批判をしていたようで、そちらのほうが印象はよくありませんでした。

ただ結局、国民が許さなかったのは柳沢大臣のほうでした。

それも含め、今回の参議院選挙は「メディアに踊らされた国民」と言えるかもしれません。メディアというのは本当に物凄い力があることを思い知らされました。選挙の勢力図まで変えるほどの力を持っています。

そのメディアの発信する情報を自分で管理し、選択するのではなく、鵜呑みにしてしまう国民も、本当にバカだと思いますが。

ちなみに、僕はというと自民には投票しませんでした。

理由は憲法9条改正に反対だからです。

今安倍さんが変えようとしている法案をすべて変えたら、日本はどのようになってしまうのか、と考えるなら、今の安倍さんの思想は危険です。小泉さんで新自由主義が確立してきた。安倍さんは新保守主義的な考えのほうが強いようです。まるで戦中の超国家主義的な考えに非常に近い。

自衛隊が国民を管理する、なんてことはあってはならないことですから。それが発展していったら、極論ですが、「大政翼賛会」状態になる可能性だってあることです。保守主義に近い民主主義。それが生み出しそうな憲法9条改正は、断固として反対です。最悪の状態になることは、現時点では考えられませんが、9条改正によって、その最悪の状態を引き起こす可能性がある、というところに危険を感じます。

じゃあ民主党に投票したかといったらそうでもない。

民主党には、正直任せられません。「生活が、第一」のキャッチフレーズも、いったい誰のための生活なのか疑問です。政権交代は、まぁ参議院選挙なのでありえないですが、この勢いなら近いうちにあるであろう総選挙で現実になる可能性が高い。ただ、例え政権交代があったとしても、すぐに国民から手のひらを返されて批判されるでしょう。一番現実的な解決策は、首相交代しかないと思います。

冒頭でも触れたとおり、「小沢さんを選ぶか、安倍さんを選ぶか」の選挙で、安倍さんが大敗したわけです。ここで安倍さんがのんべんだらりと続けることに、なんの意味があるのか。ここで続けたら、口だけの人になってしまう。

憲法問題もありますが、政権交代はなし。首相交代、というのが現実的に一番いいかなと思います。ただ、麻生さんの発言が波紋を呼んだ関係もあり、誰が後を継ぐのか、という問題もありますが。

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2007年7月 7日 (土曜日)

ウイニングイレブン8

サッカーゲームの定番中の定番、ウイニングイレブン

僕はずっっっとウイニングイレブン8をしています。

今やウイニングイレブン「10」が出ているご時勢で、今さら8かよ!

って感じですが、なんかやめられない。

新しいのも欲しいんですが、ゲームに7000円も出すのはバカバカしいなと思うし、中古でも5000円くらいしてしまいます。

まぁ僕の場合、暇つぶしになればなんでもいいので、そこまで追求はしないです。

ただ、ウイニングイレブンのメインである「マスターリーグ」はかなり追及します。

今年でなんと2022年

もう18年もプレーしてるんですねw

イニエスタが今38歳で現役続行中です。

引退して復活したらソッコーで獲得しようと思ってるんですが。

残念なのは、リアルタイムで欲しい選手が「8」に登録されていないこと。

ダレッサンドロやダビド・シルバ、イグアインなどの若いプレイヤーはいないんです…

まぁそれでも考えうる(僕が勝手に考える)最強のメンバーを登録している状態。

スタメンは

GKイケル・カシージャス

DFダニエウ・アウベス

DFロベルト・アジャラ

DFガブリエル・ミリート

DFアントニオ・ロペス

MFチャビ

MFイラオラ

MFジェステ

MFネネー

FWセルヒオ・ガルシア

FWディエゴ・ミリート

ってな感じです

誰が水を運ぶんだよって感じですが、ゲームということで…

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2007年6月26日 (火曜日)

今日は色々と面白いことが

バイトでした。

とあるカレー屋で働いてるんですけど、今日は面白いお客さんが多かったです。

まず1人目。

お客さんが「すみませーん!」

と、思いっきり手を上げてこちら(厨房)にアピールしているんです。

何かと思ったら「カツカレーってどれですか?」という質問。

その時は自然に「カツカレーはこちらです。辛口もこちらにございますよ」

と対応しました。

そうしたら、そのお客さんは

「あ、そうですか、わかりました。じゃあメンチカツカレーください」

なんですかそれー

爆笑を堪えきれずにその場は他のキャストさんに任せてしまいました。

申し訳ない。。。

2人目。

生ビールを注文したお客さん。

ウチはカレー屋ですけどビールやおつまみも出してるんです。

カレーだけだと売り上げ的に厳しいんです。

で、そのお客さんは生ビールの大ジョッキを購入しました。

しばらくすると、そのお客さんが1/10も飲んでいないジョッキを持ってきて

「すみません、このビール、金魚臭くないですか?」

はあああああああああ????

って感じでした。

金魚臭い?

なぜ金魚?

生臭いってことかな?

じゃあなんで「生臭い」って表現を使わなかったのだろう

10歩譲って「生臭い」という表現が思い浮かばなかったのであれば、なぜ「金魚臭い」という表現を用いたのか、疑問が残りました

「ザリガニ臭い」だとか「魚臭い」ではなく「金魚」!

これはその人のメンタル面を観察したい限りですw

というか、金魚臭いってどういう臭いなのかもわからないんですが…w

で、そのお客さんも「臭ってみてください」と言うわけです。

僕も臭うわけですが、正真正銘、大嫌いなビールの臭いしかしません。

もちろん金魚の臭いなんてまったく。

まぁそこらへんは僕のサジ加減でどうとも言えるんですが、さすがに

「金魚の臭いはしません!金魚であろうがこれはビールです。飲んでください」

なんて言えるはずもなく、代わりのビールを出しましたが…。

ただあそこで妥協して

「うーん、これは確かに金魚臭いですね」

なんていうはずもなく。

そんな会話が成立する国がどこにあるのか。

というか、そういう会話が成立してたまるかと。

さすがに、新しいビールを出しても「金魚臭い」なんて言いにはこなかったんですけどね。

いやぁ、不思議なことを言う人もいるもんだなぁと思いましたw

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2007年4月10日 (火曜日)

図書館を返せ

今日大学に行って図書館で本を借りようとしました。

本を借りるための補助としてPCが備え付けられて、蔵書が検索できるんですが、その備え付けのPCを使おうと思ったら全部使われてる始末。ふざけるなと。

いや、PC使ってる人も蔵書の検索で使ってるならこんなに文句は言いませんよ。ただ、PC使ってる人のほとんどがmixiであったりリクナビであったり、私用で使ってる人がほとんど。後ろから椅子を蹴り飛ばしたくなってきませんか。

しかも1階はやたらとうるさいし…。ホント大学の品位が失われているんだなぁと感じましたよ。

で、やっとこさ検索できると思って、ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』

狂気の歴史―古典主義時代における

著者:ミシェル・フーコー,Michel Foucault
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

同じくフーコーの『精神疾患とパーソナリティ』

精神疾患とパーソナリティ 精神疾患とパーソナリティ

著者:ミシェル・フーコー
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

あとデリダの『哲学の余白』

哲学の余白 上 (1) Book 哲学の余白 上 (1)

著者:ジャック・デリダ
販売元:法政大学出版局
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ガルシア・マルケスの『百年の孤独』

百年の孤独 Book 百年の孤独

著者:ガブリエル ガルシア=マルケス
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

をそれぞれ借りようと思って検索したんですけど、全部貸し出し中。

残念、、、と思ったら「貸し出し期限 2003年」ってどういうことですかw

03年に返さないといけない本を借りパクしたってことでしょうか

まぁそんなことはないと思いますけど、万が一そんなことだったら図書館なんて無くせばいいと思いますね

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2007年3月 9日 (金曜日)

就職活動なんて糞食らえ

最近はリクルートスーツを身にまとった学生をよく見ます。まぁ自分もそうなんですけど…。

マックとかスタバとかに入ると必ずいる。

そもそも、街角でスーツを着ている人なんてワンサカいるのに、なんで就職活動をしている学生だけ一発でわかるんでしょうね。

やっぱりそれは顔だと思います。

僕がリクルートスーツが凄く嫌いなのは、一瞬で就活生だとわかってしまうから。

街中でもすぐわかるじゃないですか。

自分ももちろん含めて、浮ついた雰囲気を醸し出して、アホみたいな顔で、似合わないスーツを着ている人がそうですから。

だから僕はなるべくリクスーだとわからないリクスーを選んだつもりなんですけど、やっぱり似合ってない。

3つボタンがいいとか、色は濃紺かグレーがいいだとか、髪型はどうだとか、そういう小さいことに囚われたくなかったから、自分がいいな、と思ったスーツを選んだんですけどね。

そういうルールというかマニュアルだとか、日本の悪い文化ですよね。「こういうスーツを選べ!」っていうのはマニュアル本に書いてあるんですかね。僕は見てないからわからないんですけど。

だいたい、そういうマニュアル本が氾濫してる世の中なのに、「個性」だとか「自分らしさ」を求めるのってとても不自然で矛盾した現象だと思うんですけどね。まぁ大人の都合のいいように作られた社会ですけど。

1歩譲って、男性のリクスーはまだマシだとしても、女性はもっと酷く、より悪い文化だと思います。

ダサすぎませんか、女性のリクルートスーツ。

もっと自由な服装でいいと思うんですけど。結局会社の人の失礼にならないような服装であればまったく問題ないと思います。スーツ着用を強制しておいて「あなたの個性を尊重しています」なんて会社の偉い人が喋っててもまったく説得力がないですね。

これらのことはサッカーの決定力不足でも通ずる部分があると思います。

サッカーはゴールを決めなければならない。ゴールを決めるために必要なのはマニュアルみたいな「あれはダメ、これはダメ」ではなく、「あれをしなさい、これをしなさい」の世界。「あれはダメ、これはダメ」はディフェンダーの世界です。

その意味では、日本人に独創性がない、というのは頷けますし、欧州人から「勤勉」だと言われるのは、決してポジティブな意味での「勤勉」ではない、というコノテーションも含まれていると思うんですが、どうでしょう。

3月は就職活動のスケジュールが少し楽になって、業界がかなり絞られてきたので、余裕が出てきたかなと。余裕が出てきたことによっていらない所まで目が行ってしまいました。

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2007年2月 3日 (土曜日)

散歩日記

今日は選考試験が神保町と竹橋の間の会場で行われたので、帰りに古本屋によることにしました。神保町と言えば古本屋のメッカですからね。神保町も何ヶ月かぶりにきたけど、やっぱり土日の方が混んでますね。

ってこの人も同じようなこと書いてるし。

よって違うこと書きます。

選考試験が終わり、古本屋で本を買って、そのまま帰るのもアレなので散歩することにしました。結構歩いたなぁ

神保町~竹橋~大手町~二重前橋~日比谷~銀座~新富町

初めて皇居の周りをゆっくり歩いたんですが、ランニングしてる人がすごく多いですね。すれ違った人だけでも50人はいるかと思います。年齢層は20代~60代のおじいちゃんまで、非常に幅広くみんな元気です。

で、東京駅から通ずる大通り。これが明治時代の維新期に作られた、革新的な道路かぁ、と思いながら内堀通りを歩きました。東京とは思えないほど長閑でしたね。

ただ帝国劇場が見えて、日比谷公園を通るとすぐ銀座の商業地区に差し掛かります。今日は土曜だから歩行者天国ですね。やたらとティファニーのショッピングバッグを持ってる人が多かった気が。まぁさすがに笑えたのはデカデカと不二家の看板があったことですかね。

銀座の中央大通りを通って銀座一丁目のところで晴海通りに抜けると今度は昭和風な町並みに。で、ちょっとしたらこれまでの喧騒が嘘のように、ヒッソリと新富町駅が佇んでいました。

久々に膨大な時間があったからためしに散歩してみたんですけど、神保町~新富町まで歩いて1時間30分もかかりましたよ。まぁ歩くのが遅いってのもあるかもしれないけど…。でもなんだかんだで散歩は好きだし、またやってみたいなぁと。今度は東の方面~永田町くらいまで歩いてみようかな

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2007年1月21日 (日曜日)

ダイエットなんて積み重ね

番組ねつ造 「あるある」に消費者から怒り

捏造したのは悪いことですけど、情報操作ってこんなものかとw

「振り回されるほうが悪い」「騙された方が悪い」って言えばそれで終了ですしね。でもまぁダイエットに青筋立てて頑張ってる人たちに対して思うんですが、走った方が手っ取り早いのでは?w

「食べて痩せる」のは理想ですけど、あくまで現状維持が基本かなと。「これ以上酷い状態にならない状態」を保つだけであって、劇的に痩せる効果って期待できないと思いますよ。やっぱり小さいことを積み上げないと。

だから原始的でアナログ的発想しか持ち合わせてないけど、毎日運動することがダイエットの効果としてあるんじゃないかなと思います。絶食しても「ダイエット効果のある食べ物」を食べてもそんなに期待できないかと。

ダイエットしてる人も「走った方が早い」ってわかってるんでしょうけど、やっぱり人間、僕も含めてどうしても合理的で楽なほうに目が行っちゃいがちなんですよね。

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2007年1月20日 (土曜日)

これは興味深い

19年ぶり発見の娘…半分野生化(Yahoo!サンケイ)

一見残酷で、この子の幸せは…と思いますが、僕の所属している学部的には興味深い事件です。

この人は

・8歳の時に行方不明

・27歳で発見

・19年間ジャングル(≠社会)での生活

・言葉は話せず「かがんで歩く姿勢がサルのように変わっており、骨と皮しかない。目はトラのように赤い」

とのこと。

カンボジアの社会はどのような構成になっていて、生活様式、この親子が暮らしている生活水準などはわかりませんが、言葉を話せない時点で社会の成員ではない、と言えると思います。

さらに興味深いのが「かがんで歩く姿勢がサルのように変わって」「目はトラのように赤い」ということ。これはダーウィンの『進化論』でもありましたが、「その社会のヒエラルキーを作る方法論は弱肉強食だ」(みたいな)ことがあったと思います。その意味でこの子は「生物が生息しやすい状態に変化する」という進化をしたわけです。もしくは、社会、環境への「同一化」「均一化」ですね。

程度の差こそあれ、僕たちが7歳8歳で20年間「独りで」アメリカに行ったらどうなるか、ということです。家に入る時は靴は脱がないし、食文化も走る車線も違う。そんな状況で日本に帰ってきた。日本語より英語の方が喋れるのは当たり前だし、家に入ったら靴を脱ぐことなんて知らない。母国が「異国」なわけです。

社会のステータスはその国、環境で基準が異なるといわれます。彼女が19年間暮らした場所は、カンボジアで必要とされるステータスが必要なかったんですね。その場所でどういう生活を送っていたのかも詳細を知りたいところですが…。

まぁこんなレベルの話は当たり前っちゃ当たり前ですが、こうも生々しい話を聞くと妙な気分になりますね。

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