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2008年1月30日 (水曜日)

人はいなくなって、その存在価値が高くなる

皮肉にも。

仲良かった人とか、身近にいた人が急にいなくなると妙な虚無感があります。
「心の中にいるんだよ」とか、一ヶ月生魚を放置するよりも放つコテコテの臭いセリフがありますけど、100歩譲って心の中にいたとしても、その人は機能的に何も成しえてはくれないんですね。
それが溜まりに溜まって、あるときに虚無感を感じてしまうんでしょう。

逆にサッカー部の引退試合とか、高校3年生の卒業式とか。
その虚無感は失った直後にやってきます。
たぶん、それは期間、つまり終わりが最初から決まっているから。
ただ、徐々にその虚無感は時間と共に薄れてきます。

一方で長期間、あるいはこれからも親密な関係を続けたいと思っている人が急にいなくなると、時間が経てば経つほどその虚無感は次第に大きくなっていきます。

例えるならば、阿部がレッズに行っちゃっても下村がきてくれたから大丈夫だろう、という安易な妄想はシーズンが始まると仇となり、阿部の存在価値の大きさを再確認しました。
実際、阿部ちゃんはゴール前まで攻め上がって二桁得点していましたし、守備ではポンテやフェルナンジーニョ、中村直志なんかを抑えてましたからね。
下村もよく頑張ったことは確かですが、かえって阿部の存在価値の高さがわかってしまったという皮肉な結果に。
今年は期待してます。


一番幸せなのは、失ったものの大きさに気づいていない人。
たぶん気づいていない人は、その人とその程度の関係だったという証明にもなりえます。

誰かが亡くなる。
すると、よくテレビやブログなどで「○○さんのご冥福をお祈りします」なんてコメントを見聞きします。
会ったことはおろか、亡くなってからその人の存在に気づいた人がよくこういうコメントできるなって思います。
ご冥福を祈るな、という話ではなくて、そういう人に上辺だけの言葉をかけるくらいなら、もっと身近にいる人に優しくするほうが人間として正しい判断だと僕は思います。

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