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2006年7月27日 (木曜日)

「正しい日本語」なんて存在しない。

最近

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のような本や番組が流行ってるよね。

でも、「正しい」っていう概念は捕らえようによっては事をややこしくしてしまう。

サッカーの日本代表、オシム監督が「サッカーは日々進化している」と言っているように、サッカーだけではなく全てのモノが日々進化している。

『方丈記』の「行く川の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず」

というのは、「川の水」というのは昔から今まで、そしてこれからも変わることはない。でも、「川」を形成している「水」は常に流れ続け同じ「水」であることは、ありえない。

という意味だ。

つまり「諸行無常」というのは人モノ、すべてが生々流転し進化していることをいう。

オシム監督はその意味で「サッカーは日々進化している」という表現を使っているのではないだろうか。

これは「言語」でも同様。

例えば、平安時代には「正しい」言語でも、鎌倉時代ではそれは「遅れた」言語だ。

逆に、平安時代の人からみれば、鎌倉時代の言語は乱れた「言語」として認識される。

では、現代ではどうか。昭和の高度成長以前から生きている人にとっては、現代の「ビミョー」とかいう「言語」は乱れている、と感じているのでは。

逆に、平成を生きる人たちは「今日は月が冴えるね」なんて表現使う人は、そういないだろう。

もともと、「白でも黒でもない表現」を使う日本人にとって、「ビミョー」という表現は乱れた言葉でもなんでもなく、古来からの文化を現代版に「変形」させているのだ。

確かに一昔前に生きた人たちが、現代の若者が使う「言語」が乱れている、と感じるのはわかる。平安時代の人たちも、鎌倉時代の「言語」が興隆し始めたときには同様、乱れている、と感じていたはずだ。

ただし、「言語」とは、いや「言語」‘も’日々進化している。それは昭和から、もっといえば言語が確立した時から受け継いでいるのだ。

「進化」とは断続的ではなく、連続的なモノだからだ。

機械製品など、周りを取り囲む環境やモノが常に進化し、使いやすく住みやすいモノに進化しているのに、なぜ言語だけそのような「進化」が認められないのだろう。

その意味で、「正しい言語」を学ぶ。

というのは非常に違和感がある。確かに「TPO」にあった言葉を使い分けるのは重要だが、それを「正しい」と表現するのはちょっと違うのでは。

だって、今若者が使っている「ビミョー」なる言葉も進化し続けていくからだ。

つまり、「どれが正しくて、どれが間違っている日本語か」というのを神経質に追い求めていれば、逆説的ではあるが、その人たちこそ「時代遅れ」になってしまうのではないだろうか。

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